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[63]名無しさん

【花ぬすびと】


花ぬすびとの 伝説が
別れ話のはじまりでした
私が話す 伝説を
貴方は笑って聞き流す
ごめんね ごめんね ごめんなさい
ごめんね ごめんね ごめんなさい
あなたは私のひざの上
白河夜舟の波枕

二度咲き 夢咲き 狂い咲き
季節でないのに 花が咲く
二度咲き 夢咲き 狂い咲き
人の心も また同じこと

白樺めばえる 春の日に
秋の花が欲しくなる

人の心に 咲く花は
育ちやすく 枯れやすく・・・・・・
野の草分けて 吹く風は
ぬすびと伝説物語る
ごめんね ごめんね ごめんなさい
ごめんね ごめんね ごめんなさい
私の花をぬすんだ人は
野分きのようにかけぬけた

二度咲き 夢咲き 狂い咲き
季節でないのに 花が咲く
二度咲き 夢咲き 狂い咲き
人の心も また同じこと

野分きが渡る 秋の日に
夏の花を追いかける

ごめんね ごめんね ごめんなさい
ごめんね ごめんね ごめんなさい
ごめんね ごめんね ごめんなさい
ごめんね ごめんね ごめんなさい

二度咲き 夢咲き 狂い咲き
季節でないのに 花が咲く
二度咲き 夢咲き 狂い咲き
人の心も また同じこと





[62]名無しさん


【あぶな坂】


あぶな坂を越えたところに あたしは住んでいる

坂を越えてくる人たちは みんなけがをしてくる

橋をこわしたおまえのせいと 口をそろえてなじるけど

遠いふるさとで 傷ついた言いわけに

坂を落ちてくるのが ここから見える


今日もだれか哀れな男が 坂をころげ落ちる

あたしはすぐ迎えにでかける 花束を抱いて

おまえがこんなやさしくすると いつまでたっても帰れない

遠いふるさとは おちぶれた男の名を

呼んでなどいないのが ここからは見える


今日も坂はだれかの痛みで 紅く染まってる 

紅い服に魅かれてだれかが 今日もころげ落ちる

おまえの服があんまり紅い この目をくらませる

遠いかなたから あたしの黒い喪服

目じるしにしてたのが ここからは見える




[61]名無しさん

【死んだ男】 鮎川信夫


たとえば霧や
あらゆる階段の跫音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
――これがすべての始まりである。

遠い昨日……
ぼくらは暗い酒場の椅子のうえで、
ゆがんだ顔をもてあましたり
手紙の封筒を裏返すようなことがあった。
「実際は、影も形もない?」
――死にそこなってみれば、たしかにそのとおりであった

Mよ、昨日のひややかな青空が
剃刀の刃にいつまでも残っているね。
だがぼくは、何時何処で
きみを見失ったのか忘れてしまったよ。
短かかった黄金時代――
活字の置き換えや神様ごっこ――
「それが、ぼくたちの古い処方箋だった」と呟いて……

いつも季節は秋だった、昨日も今日も、
「淋しさの中に落葉がふる」
その声は人影へ、そして街へ、
黒い鉛の道を歩みつづけてきたのだった。

埋葬の日は、言葉もなく
立会う者もなかった。
憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった。
空にむかって眼をあげ
きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横たわったのだ。
「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」
Mよ、地下に眠るMよ、
きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。





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